施術中の姿勢

hand

レイキには、こうでなければならないことは、ひとつもありませんが、こうした方が、もっといいね、ということはたくさんあります。

長年レイキを実践していると、それが感覚として理解されてきます。

その中の一つに、「姿勢」ということがあります。

レイキでは、ご自分が楽で自然体ということがとても大切なのですが、それを体の状態として言葉にすると、非常に断片的ではありますが、

「お腹(いわゆる丹田のあたり)に力は集まっているけれども、胸や肩はリラックスしている。」(これは座って施術する場合ですね)

つまり安定した下半身の上に、それにゆだねるように上半身がリラックスしている状態ですね。楽に呼吸ができ、非常にリラックスした気分である、という風にもいえますね。

が、「姿勢」というもの。

実は、その人となりが自然に表現されたものであって、こうしなさいと言われて、即座に変えられるものでもないのです。(もちろん、外見的にはそれらしく整えることはできるかもしれませんが。)

多くの場合は、レイキの実践などで、心身がリラックスしていく過程で、だんだんそうなっていく、という類のものでもある訳ですね。

だから、レイキの実践を通じて、かわりゆくご自分を観察していく中で、施術中のご自分の姿勢に関してもぜひとも観察する視点を持っていただきたいと思います。

同様に、手をあてる際の、受け手の方に対する立ち位置も大切ですね。

相手のどこに立てば、自分が施術したい場所に触れやすいか。

相手に対して、どういう角度で姿勢を保てば、自然に手当ができるのか。

また、手のフィット感もとても大事です。立ち位置や、手を当てる角度、向きによってベストなフィット感というものがあるのです。

レイキでは、余分な力はできるだけ入っていない方がいいからです。その部分に、手の平がフィットしているという感覚があると、自然に力も抜けます。逆に、手を当てながら、「なんか当てにくいなぁ」などと感じている時は、無理な力が入っています。

力みはレイキではなく個人的な力の表現になるんですね。

ですから、レイキ的であるというのは、余分な力みを紐解いていく、という在り方であるともいえますね。

とはいえ、なにごとも「こうでなければならない」となってしまったとたん、それが良い教えではあっても、ちいさな服を着せられているような窮屈感に捕らわれてしまいます。

教えていると、そういう落とし穴に自らが陥りがちなので、気をつけたいところではありますが、最近の皆さんとの練習の中で少し気になりましたので、お伝えさせていただきました。

とりわけ、レイキのプロフェッショナルを目指すという皆様には、ぜひとも、ご自分の施術中の姿勢に関しても目を向けていただきたいなぁと思います。

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