レイキとの出会い

reikidou

レイキとの出会い。それは、ある日突然訪れた「愛」への目覚めが始まりでした。この、目覚めの体験がなければ、レイキには出会っていなかったでしょう。それは、長きにわたって断絶されていた宇宙とのつながりが回復された瞬間でもありました。時を経てなお、今を生きるわたしの原点です。

めざめ

ある年の10月。突然降ってわいたようにわたしの中に現れた「しあわせなきもち」。それは天気のよい朗らかな秋の日、何気ない日常の中で起こりました。

その日、近所に買い物に行く為にわたしは自転車に乗っていました。柔らかな風、お日様のにこやかな眼差し・・・。その心地よさに身をゆだねているだけで、何とも言えぬ「しあわせ」にわたしは包まれていました。

「地上のあらゆるものは、愛のエネルギーに満ちあふれている・・・!?」

ふと、そんなことばをつぶやいた自分に驚きました。

当時は、いわゆるスピリチュアル系の本を読んだこともありませんでしたし、仏教で言う「仏性」ということばの意味さえも知りませんでした。「愛」という言葉は、わたしにとって現実味のあるものではなく、そのことについて深く考えたこともありませんでした。

一体自分になにが起こったのか!?

以来、図書館に通っては、心理系の本や、精神世界、ニューエイジ系の本など「愛」について語られているもの、突然の目覚めや悟りについて語られていると思われる本を片っ端から読みはじめました。

この、たったひとこと。「愛」という言葉がわたし自身の中から発せられた瞬間から、新しい私が始まりました。

それまで生きてきた自分の価値観とはまったく異なる自由で輝いた世界。総天然色カラフルモード!!!

その日を境に、キラキラとまぶしい程の輝きを発するその世界へと、わたしは30歳を過ぎてようやく新たな旅立ちをすることになったのです。

しかし、この時は、まだ世界の半分しかわたしは観ていませんでした。残りの半分を観て、これら両方を統合するには、この時から数年の月日を要しました。(2015.6.16追記)

現在は、混沌とした世界の中から、自分が観たいもの、生きたい領域を選んで生きています♪(2016.12.8追記)

見えないもの

結婚後にあこがれだったバレエを習い始めたことも、レイキとの出会いには欠かせない出来事です。これが前述した「めざめ」への布石となりました。

バレエがうまくなりたい一心で、ストレッチや呼吸を意識する日々。子供から鍛錬してようやく美しく踊ることができるバレエを、すっかり大人になって、しかも30を過ぎてからの挑戦です。長年の憧れの世界に否が応でも熱が入ります。

するとある時期から、寝そべって呼吸をしているだけでとても気持が良くなることに気づきました。そして、なにやら手先がぴりぴりすることにも気がつきました。

やや、これは・・・?!
「見えないもの」が何かある。

当時の日記によると、この時の感覚を、「まるで脳天から自分が溶け出して、宇宙と一体になるような快感 。体中の肌がピリピリしてとてもエネルギーが高く、目には見えないけれど何かのエネルギーが自分の体から発せられているような気さえする」と表現しています。今思えば、気(エネルギー)を感じていたのでしょうね。手書きの日記など三日と続いたことのなかったわたしでしたが、当時、目新しかったミクシィをはじめたこともあって、そういう記録がのこっていました。

この、目には「見えないもの」への探求心が芽生えた頃、ネットや書籍などで「レイキ」という言葉にも出会うようになり、「誰にでもできるレイキ」って何だろう?と徐々に興味が沸いてきました。 (2009.10.2/2014.7.13追記)

わたしのレイキ道

reikidou2

はじめてのレイキ体験から、最初のアチューメント、マスターディグリーをご教授いただいたスクールに巡り会うまでの流れを記しました。

レイキ道の歩み方は人ぞれぞれです。これからレイキを学ばれる方に、こんな道もあるんだ・・・と参考になれば幸いです。

レイキ初体験

ある日、ある先生のレイキヒーリングの予約メールを作成していたのですが、作成に手間取り、そのメールを一旦断念しました。すると、その直後にその先生から「レイキの練習会のお知らせ」が届きました。当時、その先生のHPが気に入ってメールマガジンの登録をしていたのです。タイミングの良さにご縁を感じ、すぐにこの「練習会」に申し込みをしました。

練習会当日の参加者は4人。すでにレイキを実践している人が2人、まだアチューメントを受けていないレイキ初体験が私を含めて2人でした。はじめに、サードディグリーまで持っていた方が私にレイキをしてくれました。スタンダードポジションで少なくとも30分はレイキをしてもらったと思います。

初めて体験したレイキは、とっても柔らかいエネルギーで、見えない力で限りなく優しく体をマッサージしてもらっている感じでした。それは、床に寝そべってゆったりとした呼吸をしている時に得られるような、意識が微細になっていく感覚とよく似ていました。「皮膚」という自分の内と外という境界線がなくなり、ただただ感覚だけが無限に広がっていく心地よさです。

その後、一人の人を残りの人たちが一斉にレイキするというグループでのレイキの時には、先生も加わりました。それぞれの手から心地よい「温度」が伝わってきましたが、先生のぬくもりは際立っていました。やはりマスターは違うのだなと感じたことを覚えています。

この日の練習会の帰りには、もうレイキのアチューメントを受けるという気持ちを固めていました。自分にとてもあっていると感じたのと、これなら私にもできそうだとワクワクしたのを覚えています。眼前に明るく、輝かしい未来が広がっているような気分でした。そのくらい、わたしにとってレイキは自然に受け入れられるものだったのです。

当時の日記を読み返すと、「この日の練習会でレイキをしてもらったおかげで、手のひらがずいぶん温かくなり、その直後のバレエのレッスンではいつも違和感を感じていた左腰の部分が伸びがいいような感じがした」とあります。

また「ストレッチしながら手のひらを膝とか胸とか・・・いろいろなところにおいてみた。 そしたら、温かいエネルギーが体中に回っていくのがわかる。とっても気持いい。」という記載もありました。「レイキ初体験」の直後から、「温かくなった手のひら」を自分の体においてエネルギーが巡るのを楽しんでいたようです。

最初のレイキスクール

初めてファースト(レベル1)のアチューメントを受けた時は、ただただ心地よかったことを覚えています。そして新たな世界への扉が開かれたようで今思えば不思議なほどワクワクしていました。この時すぐに「レイキマスターになりたい」と直感しました。

次のステップのセカンド(レベル2)は、その3ヶ月程後に受けました。レベル2では遠隔でレイキを送る方法やシンボルなどを習います。耳にはしていても謎に包まれていた「シンボル」とか「遠隔」の意味を知るだけでもとても面白いものでした。

ただ、この時のスクールでは、遠隔でレイキを送る方法は教わりましたが、講座内では実際に遠隔の練習はしなかったので、後になって「遠隔」の時にどうやって「ひびき」をとるのだろう?という疑問がわいてきました。このスクールでは、完全な西洋レイキだったので「ひびき」という言葉すら習いませんでしたが、わたしは、いつしか聞き覚えた「ひびき」という言葉に非常に興味を持っていたのです。

 最初は西洋レイキ

レイキを実践していくうちに、わたしが最初に習ったのは完全な「西洋レイキ」で、他にも「直伝霊気」や「現代レイキ」などの系統があるということが分かってきました。

当時、ヒーリングに興味を持っていたので、ヒーリングを得意とする西洋レイキにつながったのは自然な流れでした。

ところが、レイキに親しめば親しむほど、「一日であなたもヒーラー」というキャッチフレーズがあまりにも全面に押し出されている「西洋レイキ」の趣向に違和感を覚えるようになりました。この時すでに、ヒーリングというものの奥深さを実感しており、その中で得た気づきや発見を自分の人生に生かしていくものだという理解を得ていたのです。

同時に、実践を重視する日本の伝統霊気についての興味が沸いてきました。発祥当時は病気を治すことを目的としてさかんに使われていたということもわたしの興味をそそりました。

そんな時、たまたま参加したあるレイキの練習会で、某レイキスクールの話を聞き、早速そこの練習交流会に参加してみることにしました。マスターのご自宅の一室で行われたその練習会は内容もすばらしく、とても心地の良いものでした。

そこには、まさにわたしが探し求めていたレイキの姿がありました。是非このマスターのもとでレイキを学びたいと即決し、その月のうちにファーストのアチューメントを受けました。

もう一度はじめから

murasaki2度目となるファーストのアチューメントの体験は、それまでにレイキに親しみ、エネルギーに敏感になった分、味わい深いものがありました。一つ一つのアチューメントがとても丁寧で、体に手を置かれるたび大きくて深い愛を感じました。思い切ってアチューメントを受け直して本当によかった!心の中で小さな自分が小躍りして喜んでいる様子が目に浮かびました。

講座内容もすばらしく、マスター自身の体験から語られる言葉は説得力があるものでした。癒しをメインとした西洋レイキの女性的なやさしさを生かしながら、実践を重んじる伝統霊気の精神性や技法を取り入れた統合的なレイキ講座でした。実践の積み重ねが大切であるというマスターの考えにも共感でき、これで安心してレイキを追求できると思いました。

初めてアチューメントを受けた直後から、レイキを広める人になりたい!という漠然とした思いはありましたが、このレイキスクールとの出会いによって、現実味を帯びたものになったのです。

やっぱりレイキ!

その頃、レイキの他にもいろいろなエネルギーワークがあることを知りました。セラピューティックタッチやヒーリングタッチ、クォンタムタッチなどは実際に学ぶ機会もありました。こういったものはレイキのようにアチューメントをするという概念はなく、イメージの力を使って人の気の流れを整えたり、エネルギー場を高めていくものです。どれも「手」を使ったヒーリングですが、レイキと違うのは、イメージ力としてその人自身のエネルギーを使うところです。

はじめはどれも面白いと思ったのですが、しだいに、イメージをすることや、気の流れを整える為に手を動かすことが億劫になって行きました。また、あらかじめ決められた場所に順序立てて手を置いていくという手法などは、わたしには退屈なものでさえありました。

自然体になってレイキが流れるに任せるという心地よさに慣れ親しんでいたわたしにとって、ヒーリング中に、レイキのパイプになること以外のことをするのはどうもしっくりこなかったようです。これは、単にわたしの感性がこうしたヒーリングの技法に適さなかっただけです。逆に、レイキよりも、こうしたイメージ力を使ったヒーリングの方がしっくりくる人もいらっしゃるでしょうし、レイキとの相乗効果をうまく活用していく手法もあります。ただ、わたしにはレイキほど自分にぴったりくるものはなく、感覚的な世界だからこそ、自分との相性が非常に大切だと実感しました。

この時、レイキ以外のエネルギーワークを体験したことは、レイキという技法と自分の感性との親和性を再確認する良い機会だったと思っています。

レイキは心の技術

mu3「手を当てるだけ」というヒーリングとしては限りなくシンプルな手法のレイキには、この技法ができたから、次はこれを学びましょうという目に見えた形式というものがありません。

そもそも「手を当てるだけ」ですから、難しいことは何一つないのです。

普通は、芸術や仕事、趣味など、どの分野でも、型や技術を身につけながら本質に近づいていくものですが、レイキには身につけるべき技術がほとんどありません。

必要なものがあるとすれば、それは本質を感じる心。または、感じようとしてレイキを継続していく姿勢だと思います。

そして、技術があるのだとすれば、それは心の技術ということができるでしょう。

(2009.10.2/2014.7.13追記)

サブコンテンツ

このページの先頭へ