「手の妙用~大自然の治癒力~」吉田弘著に学ぶ手当の実際

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第一弾は、「レイキ」ではありませんが、ある種悟りの境地を体得された吉田弘氏による実践的手当て療法の名著です!

その中から、印象的な部分やレイキにも通じる部分を少しだけご紹介させていただきますね。

yoshida

手の妙用―大自然の治癒力
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【目次】
  1. 「大無量寿経」を何百回も読んで得た境地
  2. 他人の不調が我がこととして分かる
  3. レイキの良いところ
  4. 愛、信、敬、謝|吉田氏の説く「手当療法」

1.「大無量寿経」を何百回も読んで得た境地

「寺に生まれたせいもあって、常に信仰とは何ぞや、信仰をえて安心立命したいという考えは、常に頭にあった。」 という吉田弘氏。

若きある時、「大無量寿経」を徹底的に読もうと決意し、ある境地を会得します。このことは、悟りの境地を得た副産物として靈氣を発見したという臼井氏の経緯に通じるものがありますね。

 自分の頭にある科学的知識や、後天的の知識経験から生まれた既成観念の一切を捨てて、素直に、経文にあるそのままを、 まったくウノミにし、それを事実、実際と信じ込むようにして努力して読むことにした。

なかなか現代人的な批判的頭を切りかえて、素直に読むことは、大変にむずかしかった。しかし何度も何度も読んでいるうちに、 次第に素直に読めるようになってきた。おそらく何百回か読んだことと思う。

するとある日、忽然としてまったく別な世界が、眼前に開けてきた。眼に見るもの、聞くものは依然として変わらないが、見る木も家も草も何もかもがすっかり変わって見える。いずれも何か光り輝いているようである。大無量寿経に極楽の相が 書いてあるが、あたかもそれと同じように見える。木の幹や葉が、金銀、ルリ、ハリ、シャコ、メノーでできているように見え、 鳥の声も何か微妙な音楽にきこえ、池の水は八功徳水のような感じがし、人はみな菩薩のような感じがする。(「手の妙用」より)

2.他人の不調が我がこととして分かる

以来、他の人の不調が、我がこととして、手を触らずとも自身の身体感覚の変化でわかるようなったとのことで、これを、吉田氏は以下のように理解しています。

お経の中には、極楽往生したものはみな一生捕処の菩薩となって他身通を得ると書いてある。一生捕処とは、今度死ぬと、 大発涅槃を得ることである。他人の苦痛を自分で感覚することができるようになったのである。(「手の妙用」より)

実は、レイキを実践していると、これと似たようなことが起こってきます。

他の人に手当てをしていると、その人の不調が体感やイメージを通じて感じられます。また、手を当てずともそれを感じる場合もありますし、遠隔などでエネルギーの状態や不調箇所を感じられるようになります。もちろん、経験やその人の感受性により、何をどんな風にどのくらい感じられるかは、非常に個人差が大きいことろだと思います。

3.レイキの良いところ

レイキの良いところは、その人の境地の如何にかかわらず、実践を積み重ねていくことで、そうした感受性が開けてくることですね。

同時に、手当てをする際の意識の状態が非常に大切であるという理解も深まってきますので、自分自身の在りように自然と目が行くようになります。

手当てをすることは、単に、「相手の体に触れる」というのではなく、精妙な領域においては、互いのエネルギー場における、あらゆる情報のやりとりでもあることが理解されます。

そういう自覚がなされるほどに、センタリング(自分軸、あるいは中心感覚)、グラウンディング(今この瞬間にいること)の大切さを痛感すると同時に、何より大切なことは、手当てをさせていただく「純粋な意図」と「透明な情熱」であることが認識されます。

そうでなければ、自他を行き交う様々な情報に翻弄され、手当てをすることの豊かさやレイキを実践する本質を見失ってしまいます。

ある種の悟り的な意識状態が、レイキの実践には大いに助けとなりますし、その質の向上に寄与することは間違いないでしょう。

4.愛、信、敬、謝|吉田氏の説く「手当療法」

そして、いよいよ、吉田氏の説く「手当療法」とは・・・

実は、自然は大慈悲の顕現であることを、いずれの宗教も教えているのである。 その大慈悲の解説を説いたものが、大無量寿経なのである。まったく童話で子供を教育するような親切な 説き方であるが、それを理解しない限り、経典の理解というものはできない。

自然の大慈悲たることを身をもって証明するのが、これから説く、「手当療法」である。 ほとんどどんな病気も手で診断ができ、同時に治療ができる。しかも自分に与えられているこの二本の手が それであることを知ると、大自然のありがたかさが、自分自身で知りうるのである。(「手の妙用」より)

手当てを愛好する人ならば、深く共感される吉田氏のこの表現でありましょう。

「愛、信、敬、謝」

また、レイキでは臼井氏の定めた五戒が有名ですが、吉田氏は、「愛、信、敬、謝」の氣持ちを死守することの大切さを説いています。

わたし自身この本を最初に読んだのは、まだレイキをはじめて間もないころでした。今、あらためて再読してみると、吉田氏の手当療法普及への志の純粋さと情熱に胸を打たれます。

「先方の態度いかんにかかわらず、自分だけは、愛、信、敬、謝の気持ちを死守する」これが人生を克ちぬく秘訣であり、肝臓を丈夫にする妙薬である。

先方の態度によって自分がぷりぷりするようでは、信念の人とは言えないのである。

「病は気から」

というが、その気の根源をなすものは、肝臓である。肝臓が丈夫であれば腎臓も丈夫、したがって新陳代謝が旺盛に行われ、心身ともに健康を保持することができる。

なお

「笑う門には福きたる」

ということわざがあるが、笑は肝臓に好影響を与える特効薬らしい。(「手の妙法」より)

この、「愛、信、敬、謝」という四つのことば。その漢字の意味とそれぞれの「音」を味わうようにして唱えるだけでも、氣持ちが安らぎ心が整えられていくのを感じますね。

しかし、これらはほんの導入にすぎません。吉田氏が手当療法へと開眼していった経緯や、実際に病氣を治癒へと導いた数々の手当の体験談は多岐にわたっていて非常に興味深いです。

ちなみに、刺がささった時の手当ては、わたしも実験済です(笑)。

現在、中古でしか手にはいりませんが、それでも、これを手にして読む価値は相当にあると思いますよ。

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